琥珀の瞳

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― 五色の世界 1―

 

「天……心……?」
 座っている創造主の膝に抱きつこうとした白虎は、耳を疑った。いや、発せられた言葉に含まれる彼の気持ちが信じられなかったと言ったほうが正しいのだろうか。いくら目を見開いてみても、天心の表情は変わらない。白虎の聞き間違いや、冗談ではないことをそれが物語っている。
 毛皮に覆われた四つ足だった頃から愛する創造主と同じ形に姿を変えられるようになった今まで、こう言われたことがないわけではなかった。ただ、こういうときの天心は、本心からそう言ってはいなかった。それがわかっていたから、白虎はいつものように天心に抱きつこうとしたのだ。
「白虎。いつまでも甘えていては困りますよ」
 呆然と膝を折った体勢のままで見上げている白銀の瞳に、天心は再度言い放つ。
(……どう……して?)
 白虎は理解できないまま、愛する創造主から初めて向けられた拒絶に打ちのめされていた。
「何故?」そう問いたくとも、それすらも拒まれているのがわかる。髪一本分たりとも、これ以上創造主に近づけない。もし、彼の言葉を無視してそうしようものなら更なる拒絶――白虎にとってこの上ない恐怖に襲われることが必至だから。
(どうして抱きついてはダメなの? 触れてはダメなの? 何故?)
 膝にすがり付いて問いたい気持ち。
(……でも、ダメ。怖い……。天心にこれ以上嫌われたら……)
 今にも自らを支える足元が崩れ去ってゆきそうに感じる恐怖。二つの思いが白虎の中で激しく交錯していた。
 膝をついたまま身じろぎもしない白虎の身体を、部屋の隅でことの一部始終を見ていた蒼龍が抱きかかえるようにして起こしてやる。天心と変わらない身丈に成長した蒼龍に劣らず、白虎もしなやかな曲線を描く四肢を伸びやかに成長させていた。
 頬が触れ合うほど近くにあっても、白虎は蒼龍に目もくれずに天心を見つめている。見開かれたほのかに白銀に色づくだけの虹彩。長くカーブを描く白い睫。柔らかで透明な白さがまばゆい頬。すっと通った鼻筋から唇、顎、首へ流れる美しい曲線。それを所々で隠すようにゆったりと弧を描く細い髪。そして、自分と天心とは違う膨らみと細さが共存する美しく儚げな身体、四肢。蒼龍がこれほど間近に白虎を見るのは――ましてや触れることは初めてだった。
「あなたたちの新しい仲間ですよ」
 天心の声がそれぞれの想いに捕われている蒼龍と白虎を現実に引き戻す。
 創造主を見やると、手のひらに力が集まっているのが感じられる。それは次第に安定した鼓動を伝えるように集束してゆき、そしてその後には天心の放つ輝きと対照的な色の珠が生まれていた。
 三色しかなかったこのせかい天に新しい色が加わった瞬間だった。
「あなたたちと同じ、私を支えてくれるもの。名は玄武」
 静かに、天心は言った。
「蒼龍、この玄武も白虎同様に見守ってくださいね。そして白虎、蒼龍があなたにそうしてきたように、これからは幼き玄武を慈しんでゆきなさい。私たち三人で育てていくのですよ、この玄武は。私と蒼龍があなたにそうしてきたように」
 一言一言、重みを置きながら白虎に向けられる言葉。その裏に隠した意味を気付かせるように響く。また、無邪気ゆえ犯してきた罪を糾弾しているようにさえ……。
 突然突きつけられた事実。白虎は深い霧の中にいた視界が一気に晴れるような感覚に捕われた。そして気付く。今、自分が蒼龍の腕の中にいることに。いつも自分を抱きしめてくれていた天心ではなく、『天敵』と見なし、疎ましく思いつづけていた、その蒼龍に助け起こされていることに。
「ちゃんと、立てるか?」
 眼前で深蒼の瞳が心配そうに問うている。
 白虎は、その瞳に――やわらかく深く、包み込んでくれるような蒼に呆然と立ち尽くす。
「……」
 吸い込まれる。
 今までかかって初めて気付いた蒼龍の真意――いつも自分を優しく見守ってくれていた深く厚い好意。それを歪めて受け取り、踏みにじってきたというのに怒ることもなければ見捨てることもなかった。いつもどこかで見つめてくれていた。
 白虎は蒼龍の胸に顔を埋めた。
 そうしてしまった理由は、頭が混乱していてよくわからない。ただ涙がどうしようもなく溢れてきたのだ。そして、その姿を天心に見られたくなかったのだった。



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