琥珀の瞳

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― 琥珀の瞳 3―

 

 白虎を寝台に横たえ、自らはその脇に腰掛ける。そして夢を見ているような表情の彼女の瞳を見つめながら、天心はひとり語りはじめた。
「昔、私はたった独りでここにいました。何もないここに、この 身とこの能力ちからだけを持って。
 何をするために、何のために自分がいるのか何もわからないまま、しばらく考えました……。でも、考えてもわからないのです、何も……。そして思いつきました。とりあえずこの能力で何かを創ろう、と。そうすれば何かが変わるかも知れない……。それで、私は最初に何を創ろうかと考えました」
 緩やかに波をうって流れる白銀の髪を優しく撫でながら、天心はぼんやりと話を聞いている白虎に微笑んだ。
「思いついたのが蒼龍でした。何のために存在するのかわからない、けれど無限の時を持っている私を滅ぼせるものがまず一番に欲しかったのです。そうすれば、もし何も変わらなかったとき、私が望めば私は楽になれるでしょう? 
 結果は思いのほか素晴らしいものでした。私を制限する蒼龍がいる――それだけで閉ざされていたせかいが開けたのです。
そして、独りではないということがどれほど大きな喜びか知ることができました」
 見つめる陽の色の瞳が嬉しそうに暖かく輝いている。白虎はまどろみながら、何も言わずそれを静かに見つめていた。
「ある日、蒼龍が私に言いました。『私を殺すためだけに自分が存在するのであれば、私を守るためだけに存在するものも創れ』――と。
 彼は私を殺したくないと言いました。でも、私が望めばそれを拒めない。だからそんなときに彼を止めてくれる、私を守ってくれる、より強い存在を望んだのです。それが彼自身の存在理由を否定するものだとわかっていながらです。
 私は嬉しかった。そして同時に気付きました。私もまた、蒼龍に能力ちからを与えておきながら彼にその能力を使わせたくない――彼を苦しめたくはないのだと。創造物でしかなかったはずの蒼龍が私に深い愛情を持ってくれていること、私自身も蒼龍に愛情を持っていることに気付いたんです。
 そして私は……あなたを創ったのですよ。白虎」
 名を呼ばれ、頬に触れられて、まどろんでいた白銀の瞳が天心を捉え、ゆっくりと身を起こす。
「私……?」
「そうです。私を守るための存在。それがあなたです」
 しっとりときめの整った頬を愛しげに撫で、天心は少し辛そうに目を細めて微笑んだ。
「私を愛するようにと、あなたを創りました。最初からあなたは私を愛するように――そう創られているのです。あなた自身が私を選ぶのではなく、愛するようになるのではなく……私が、『私を愛するように』と決めたのです」
「……何で、そんな表情をしているの?」
 白虎は、天心が辛そうにしていることを――自分に懺悔をしていることを理解できずに問う。
「私、それでいいのに。それが嬉しいのに」
 天心はイヤなの?――と、不思議そうに。
「白虎……あなたがそう思うことすらも、私が決めたのですよ。あなたの本当の気持ちではないのです」
 白虎の表情を見て、天心はさらに己の犯した過ちを思い知る。けれどこのまま精神が遊離しかかっている愛し子を捨てることは出来ない。それこそ更なる罪であるのだから。
 天心は、諭し聞かせるように白虎の頬から髪を撫で上げ、瞳を見つめた。
「愛され愛すために、あなたには私や蒼龍とは別の性を創り与えもしました。けれど、あなたを育てていくうちに私の中で変化が起こったのです。あなたを愛する気持ちが、蒼龍たちへの愛と同じものになっていたのです」
「……!!」
 白虎の瞳が一層大きく見開いて、天心を見つめた。刹那、彼女の身体が天心の胸に飛び込んできた。背に回された細い腕が、きつく抱きしめてくる。胸の中で白い髪が左右に振られて波をうつ。言葉もなく、彼女はただ天心を逃がさないようにと必死で捕まえていたのだ。
 天心にとってこの静かな訴えは、幼い彼女が良くしたように声をあげて泣かれてしまうよりも辛かった。
「……白虎……」
 そっと揺れる髪を撫で、肩を抱いてやる。
「許してください、白虎。あなたが、いくら私を欲しても私はその愛には応えられない。あなたをこのように創っておきながら、あまりに酷い仕打ちでしょう。けれど、偽りであなたを受け入れることは、あなたを大切に慈しんで創り、育ててきた私が許さないのです。これ以上、あなたを傷つけることは出来ません」
 胸に顔を埋めたまま白虎は黙って天心の言葉を聞いていた。背に回された腕の力はゆるめられることはなく、天心の言葉に納得した様子はなかった。
 天心は、振り乱れ、顔を隠してしまった白虎の髪を指で梳きながら後ろへ撫で上げた。そっと額に頬を寄せて抱きしめる。そして、両の手を肩口から頬に滑らせ、やわらかく白虎の顔を包んで上を向かせた。
「……わかって、くれますか?」
 瞳を見つめて、天心は静かに問うた。けれど白虎は、形よく見開かれた白銀色の瞳をすぐに逸らしてそれに応えた。天心の問すらも受け取りたくなかった。認めたくなかったのだ。
 しかし、天心はそれを咎めることなく、言った。
「わかってくれますか? 愛しい、私の白虎」
 刹那、逸らされた瞳から涙が溢れ、こぼれ落ちた。
 天心のその言葉だけで心が満たされていく。幸せな気持ちに満たされるのだ。たしかに、それは彼女が欲する愛情とは少し違う。自分にだけ向けて欲しいという特別な愛情ではなかった。けれど、十分でなくても、愛されていること。『私の』と言ってもらえること。それは、今の白虎にとって大きな救いだった。
 自分は天心に捨てられる、拒まれている――そんな思いに捕われ、絶望と恐怖に身をさらしていた白虎にとって。
「ちゃんと話もせずに突き放してしまってすみません。怖かったでしょう、辛かったでしょう……」
「――――――!!」
 優しく髪を撫でられて、白虎は堰を切ったように声をあげ、天心に抱かれるままに泣いた。
「あなたが望むようには愛せない……けれど、私はあなたを愛しく、大切に思っていますよ。これからもずっと」



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