永遠の白 act2


 年の功というかなんというのか、人間時代に培った出産に関する知識が抱負だったのは意外にもゲンゲン先輩だった。なんでそんなに詳しかったのかはちょっと怖くて誰も訊けなかったので不明。
 まぁ、それはとりあえずあっちの方においとくとして、そんな彼に助けられながら私は並々ならぬ痛みに耐える段階に到達した。
「……にゃーこよ。こう言っちゃなんだけど、もう元の姿に戻った方が楽なんじゃないか?」
「――――ッ」
 ゲンゲン先輩は、白虎に戻れば人間・コハクよりも痛みも楽になると言いたいようだった。けど、今の私はそれどころではない。
 マスターとしての能力が残ったままの私には、この痛みはとんでもなく精密良好な感度で伝わってくる。自分の身体の中がどんな風に動いていて痛みをもたらしているのか、映像を見ているように、手にとるようにわかってしまう。なので余計に痛い。それ故、痛みに耐える他は何もしたくない――というか、できるだけの余裕がないわけで……。
「ゲンちゃんー、できるものならすでにやってると思うんだけど……うッ……」
 アヤちゃんは、私のあまりの痛がりように気持ち悪くなったらしい。どっちかというと、こういうときに「見てられない」とか「怖い」と思ってしまうのは、出産できない男の人なんじゃないかと思うんだけど……。
「ハイハイ、気分悪い人は部屋の外。大丈夫だと思うけど、ホントにやばくなったらボクが強制的にみんなを戻すから心配しないで――で、どうする?」
 今にもへたり込みそうなアヤちゃんを文君が部屋の外へ誘導し、そして部屋に残っている二人に訊いた。そしてそれに答えたのはいい具合に腰のツボを押してくれていたゲンゲン先輩。
「オレは外そうか。二人いりゃ充分だろ――それとも、天心に嫉妬メラメラのパパ君はオレに手伝ってもらった方がいいのかな?」
 口を利けるとしたら唸り声くらいの私を余所に、産婦人科医三人は勝手に相談をはじめる。
→→→最終的に誰が取り上げるか、ってことを。
 そんなこと今ごろ呑気に――しかも真剣に話してんじゃないぃッ! おバカ――――ッ!!
「〜〜〜っく、アアアア〜〜〜〜ッ!!」
 怒鳴りたいけど、やっぱり声にならない。三人のあまりに低次元な話題に呆れているせいでもある。
「はいはい、まだ産まれませーん。ニャーはもう少し頑張ってて。で、王公(たかなお)君的にはどうしたい?」
 当然、そんな彼らに私の叫びは届かない。文君は、私の叫びを適当にあしらってくれた。
 そして、どっちに手伝ってもらうか、本当に究極の選択のように真剣に考え込んでいるナオ。
 あぁ、きっと文君ってばこれが見たくて遊んでるんだ――。
 戦線離脱してくれたアヤちゃん……頼りにしてたのに……恨むよ?
 もうこうなったら、自分で何とかするしかなかい。
「〜〜〜〜てッ……天〜〜」
私は、口から飛び出そうな叫び声を何とか意味のある言葉に保ったまま、真剣に話している男たちに訴えた。
「何だ? この期におよんで天ぷら食いたいのか? しょーがないやつだなぁ」
 私の必死の訴えに、ゲンゲン先輩は笑う。
 そして、天ぷらの代わりだと、休めていた手にぐぐぐっと力をこめて、ツボを押した。あぁ、ちょっとだけ楽な感じ。
そう、私は妊娠して(人間に戻って)から天ぷら中毒になった。赤ちゃんできると食の好みが変わるというやつだ。
 いや、そうじゃない。今はそんな話をしてる場合じゃないのよ。
「――てんッ――しぃんッ!!」
 今は即刻、このバカで目障りな会議を終わらせたいのよ!!
「――ハイ?」
 私の声に、ちょっとの間を置いて文君が応えた。間があったのはあれからずーっと「文君」と呼んできた私が敢えて「天心」と彼の本当の名を呼んだせい。
 聞こえない振りをするわけでもなかったんだし、少しは私の切羽詰ってる気持ち、わかってくれてるってことなのかなぁ。
「文ッ、君じゃなくて――天心。よ、ろ、しく〜〜〜〜!!!」
 そんなことを思いながら、少し身体を起こしてハッキリキッパリ、文君を指差し、天心をご指名した。
よく頑張った――我ながら誉めてあげたい気分になって、私は再び寝台に倒れこんだ。
「な。ナ。な――――ッ!?」
 ナオが叫ぶ。
 けど、そんなこと知ったこっちゃない。
 文君――いや、天心の遊びと見事にそれに引っかかっているあなたをを眺めている余裕はないのよ、私。
 それに天心なら、間違いはないはず。絶対何があっても無事に産ませてもらえるはずだと思う。
 いくらなんでも、そこまで鬼じゃないだろう。一応、私の創造主なんだし。……うん。多分、きっと。
 こんな私の必死の形相と、ナオの顔を見てゲンゲン先輩は一瞬固まった。そして爆笑。
「『天心』ご指名ってことで、オレは退散〜。王公も外でてるか?」
 言いながらナオの肩を叩いて、ドアの方を指差した。勿論、外に出るはずがあるわけないのをわかっていて。

  

※※※

  

 そんなこんなで、天心とナオの介助のもと、私は"コハク≠フ姿のままで出産した。
 上がる産声と、すべての痛みが吹き飛ぶ感覚。
「頑張ったね、コハク」
 頬に、額にキスの雨を降らしているナオの姿が――そして自分の姿が本来の『蒼龍』『白虎』に戻っていく。
「女の子? 男の子?」
 産まれた子供よりも私の無事を喜んでいる様子のナオを押しのけて、赤ちゃんを取り上げた天心に声をかけた。そして、ようやく同じことが気になったらしいナオに支えられて身体を起こした。
 まったく、こういうあたりがナオらしいと言えば本当にナオらしいんだけど…………。
『頑張れ、お父さん』
 これからは私中心じゃない、少しは父親らしいところも見せてもらえるのかな? と、心の中で苦笑を浮かべてしまう。
 今、私の隣には、赤ちゃんの様子が気になっているのに私の体を支える手を離しはしない、そんな彼(ひと)がいる。
 そしてその彼との間にできた子供が産まれた。
愛している彼との子供――ついさっきまで一つの身体だったその子とようやくご対面。いろいろ不安にさせてくれたり、痛い思いをさせてくれた……けれど、とっても暖かい気持ちをくれた、大切な大切な、私たちの子供。
 今のこの気持ちを『幸せの絶頂』と言うのだろう。
「どっち?」
「………………」
 けれど、赤ちゃんを産湯につけようと背を向けている天心から返事はなかった。
 そればかりか、元気に聞こえていた産声も、突然――――止んだ。

   

  

 この瞬間から暫くの間、私たちは暗黒の時代を過ごす事になる。

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