雨上がりの朝に

5.Going Home -3



『あ〜ぁ』
「何? お父さん」
 すっかり親子3人の団欒に馴染んだ頃、再び焔がぼやきだした。
『……今更なんだけど、やっぱり雫が「こっち」に来ちゃったのがなぁ〜』
『もう、焔ったら』
「そうだよ。もうこっち来ちゃったんだから。気にしない気にしない。まぁ、いいじゃん」
 呆れる妻は苦笑をこぼし、娘はまるで他人事のように納得している。
 事情を理解していないのだからそれも仕方ないか――そう心の中で溜息を一つ零し、焔は幼い頃と変わらない明るい笑顔を向けている娘の頭をくしゃ、と撫でた。
『そう……だな。もう「こっち」に来ちゃったんだ。しょうがないよな。「まぁ」じゃなくてちょっと渋々だけど、認めなくちゃな』
 くすぐったいような表情でおとなしく頭を撫でられている娘を見て、焔は思わず呟いてしまう。
『雫、可愛くなったよなぁ……。お父さん親バカだから心配で心配で……』
「なーに言ってんの、お父さん」
 ワケわかんないこと言って――そう続けながらも雫は少しはにかんだように笑う。これからはこんなに自分を愛してくれている父親と優しい母親といられるのだと幸せを再確認せずにいられない。
 その雫の目の前を横切るように母親が焔に抱きついて楽しそうに笑って言った。
『もう、焔は心配症ね。大丈夫よ、雫ちゃんは私と焔の子供なんですもの。それに、私の力を分けてあげられたじゃないの』
「……?」
(え? 何……お母さん……? 力? 分けた??)
 雫は楽しそうに笑っている母の言うことが見えず、首を傾げた。やはり、父と違ってまったく記憶にない分、彼女がどんな性格なのか、どんな思考回路なのかがよく解らない。さっきから母の行動はかなりの率でイミフメイだ。
 しかし雫のそんな思いにかまわず、母親は幸せ一杯な表情だ。そればかりか、焔の眉間をつついたりしていちゃつき始めた。
『ホラ、そんな顔ばっかりしてると、眉間に皺ができるんだから』
『コラ、やめろッ。雫の前ではダンディーな父で通ってるんだぞ、オレは』
『ダンディー? なぁに、それ?』
(うわー、バカップルだ)
 2人の様子に雫は思わず苦笑を零す。これから毎日これを見せられるのかと思うと笑わずにはいられなかった。
 そんなバカップル振りをしばらくの間見せ付けた後、ふと、焔が真顔に戻って妻に微笑んだ。
『……そうだな。「こっち」でも、ちゃんとやってけるよな』
『ええ。あの方もついていて下さるんですもの。大丈夫よ』
『きっと、オレ以上に手を焼かせることになるんだろうがな』
(……???)
 両親は雫がそこにいるのを忘れたかのように2人だけで楽しそうに会話を続け、終いには納得したのか、満足そうに笑みを交わしている。
 やはり、2人の会話がまったく見えない。
(まったく、この夫婦は〜。カワイイ娘をほっぽって自分たちだけの会話しないでよ)
「――――」
 すっかり取り残されてしまった雫は、2人の会話がどういうことなのか訊ねようとして……もっと自分のこともかまってくれと主張しようとして、声が出せないことに気づいた。
(――な!? どうして? 声がでない)
 口を開けて音を出そうとする。けれど、空気が喉を通る音すらも出ない。
 突然の出来事に雫は喉を押さえたり胸を叩いたり慌てた様子で両親に異常を訴えた。
 そしてそんな雫に焔は笑って答えた。
『メタトロンによろしくな、雫。お前の家はまだ「ここ」じゃないよ』
(え――!?)
 焔の大きな手が雫の額を軽く弾いた。
 それが、合図だった。